大州(たいしゅう)は、地球の陸地を、大陸を中心としたいくつかの領域に区分したもの。大洲とも書く。単に州、洲ともいう。一般には大陸ということも多いが、正確には大陸だけでなく、周辺の島々を含む[疑問点 – ノート]。英語ではふつう区別せずcontinentという。対義語は大洋。, 複合語では連濁により「~だいしゅう」と読むこともあるが、単独では「たいしゅう」と読む。, 通常、カタカナの地名には「大州」や「州」はつけず、漢字の略称には「州」をつけ、数を数えるばあいには、5「大州」などと言うことが多い。ただし、大州以外にも「○州」「○洲」という地名は多い。, 分け方は各種あるが、表の5大州・6大州・7大州が代表的である。5大州・6大州では南極は無視する。アメリカ合衆国では5大州、ヨーロッパや中南米では6大州に分けることが多い。, 5大陸・6大陸と言った場合、5大州・6大州の意味で使うこともあるが、地理学的な大陸であるユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、南極大陸(5大陸では南極大陸を無視するか南北アメリカ大陸を合わせる)の意味で使うことも多い。, 近代オリンピックの五輪旗が表す「5大陸」は、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、オーストラリアである。, 大州の境界は、純粋に地理学的な境界だけでなく、文化的な境界や、歴史的経緯にも影響されている。もとより便宜的な区分なので、境界が陸上だったり、海であっても小さな島がある場合、細部がはっきりしないこともある。ここに書いた境界は絶対的なものではない。, 地理学的には1つの大陸であるユーラシアをアジアとヨーロッパに分けることが多いのは、両者がボスポラス海峡で完全に分かれていると思われていて、黒海の反対側で繋がっていることが広く知られていなかったギリシア古代の名残りである。これがヨーロッパとアジアを別とみなす欧米の感覚が維持されたためこのような分類がされている。, ヨーロッパ最高峰は通常モンブラン (4810 m) とされるが、カフカス山脈のエルブルス山 (5642 m) は山脈のヨーロッパ側に位置し、こちらをヨーロッパ最高峰とすることもある。, かつては広大なソ連が両者にまたがり存在していたため、各国を大州に分けるときには、便宜上、ソ連全体をヨーロッパからもアジアからも除外し、1つの大州のようにあつかうことがあった。現在は、ロシア以外の旧ソ連諸国は本来位置する大州に分け、今も両大州にまたがるロシアはヨーロッパに分けることが多い。旧ソ連15ヶ国のうちヨーロッパに属するのは、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、モルドヴァ、バルト三国の7ヶ国で、アジアに属するのは中央アジアの5ヶ国と南カフカスの3ヶ国の計8ヶ国である(但し南カフカス3ヶ国に関してはヨーロッパとされることもある)。, 仏教では、世界の中心にある須弥山を取り囲む4つの巨大な島の漢訳名に「洲」が使われた。4つの洲を総称して四洲(ししゅう)・四大洲(しだいしゅう)という。四洲・四大洲は全世界の意味でも使われた。, 各大洲には、2つずつの中洲(ちゅうしゅう)と500ずつの小洲(しょうしゅう)がある。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=大州&oldid=74827722, この項目では、地理用語の大州・大洲(たいしゅう)について説明しています。愛媛県の地名の大洲(おおず)については「, オセアニアを無視する、あるいはアジアに含める。(オーストラリアが大陸と認識される以前の歴史的なもの). 3つの大洋とは 太平洋(たいへいよう、英:Pacific Ocean)、大西洋(たいせいよう、英:Atlantic Ocean)、インド洋(英:Indian Ocean) である。このうち、日本が接しているのは太平洋のみである。 「太平洋」の「太」は「ふとい」の字だが、「大西洋」の「大」は「おおきい」の字なので、間違えないように。 世界地理の話題では、日本海など3つの大洋以外の海は、大洋のどれかに属した海として扱う。 大西洋とは、ヨーロッパ(英:Europe)の西側にあり、ヨーロッパとアメリカ(英:Americ… 複数の大州にまたがる国の一覧. その結果、世界は大まかに6つの州に分けられる。 アジア州 (アジアしゅう、Asia エイジャ)、 ヨーロッパ州 (ヨーロッパしゅう、Europe ユーロプ)、 アフリカ州 、 北アメリカ州 、 南アメリカ州 、 オセアニア州 (Oceania オウシェアニア)の6つの州である。 アジア州では、東アジア(英:East Asia イースト・エイジャ)や東南アジア(英:Southeast Asia)、シベリア(英:Siberia サイビーリア)、中央アジア(英:Central Asia セントラル・エイジャ)、南アジア(英:South Asia サウス・エイジャ)、西アジア(英:Western Asia)などに分かれます。 世界には、陸地には6つの 大陸(たいりく、英:continent コンティネント) と、海洋には3つの 大洋(たいよう、英:ocean オーシャン) がある。 〈州〉 ・北アメリカ州 (=北アメリカ大陸) ・南アメリカ州 (=南アメリカ大陸) ※北アメリカ州と南アメリカ州はパナマ運河が境になっている。 ・ヨーロッパ州 ・アジア州 ※ヨーロッパ州とアジア州はロシアのウラル山脈を境に分けられる。

北アメリカ最大の都市は人口的にはメキシコシティであるが、経済・文化的には北アメリカ大陸の東岸中央部にあるニューヨークが最も重要な都市である。ニューヨークには国際連合本部をはじめ重要な国際機関がおかれているほか、世界の経済や文化に大きな影響を及ぼす都市であり、北アメリカのみならず世界で最も重要な都市のひとつである。アメリカ合衆国の東海岸北部には、このほかにもボストン、フィラデルフィア、ボルティモア、そして合衆国の首都ワシントンD.C.といった大都市が連続しており、ボスウォッシュとよばれるメガロポリスを形成している。このほかにも合衆国内には地域の中枢となる巨大都市が点在しており、中西部のシカゴ、南部のアトランタやマイアミ、テキサス州のヒューストンやダラス・フォートワース都市圏、西部のデンバー、西海岸のロサンゼルスやサンフランシスコ、シアトルなどが特に大きな都市である。カナダの大都市は国土の南部に集中しているが、もっとも人口の多い地域はオンタリオ州南東部からケベック州南部にかけての地域であり、カナダ最大の都市であるトロントと、それに次ぐ大都市であるモントリオールがこの地域に存在する。, カナダ太平洋岸の大都市はバンクーバーただ一つであり、カナダの西の玄関口となっている。カナダの肥沃な西部平原地方は平原の中に人口10万から50万程度の都市がいくつか点在するが、その中ではカルガリーが最も大きく、この地域の中心となりつつある。, 北アメリカ地域では、最大の都市は上記のとおりメキシコの首都メキシコシティであり、メキシコの人口や富はここに集中している。しかしメキシコ国内ではこのほかにも、グアダラハラとモンテレイ、それにプエブラの3つの都市が人口100万人を超えている。この4つの都市はいずれも人口の集中するメキシコの中央高原に位置している。それに対し、海岸部にはカリブ海岸のベラクルスや太平洋岸のアカプルコなど重要な港湾都市は点在するものの、100万人を超えるような大都市は存在しない。, それより南の中央アメリカの小国群では、グアテマラの首都グアテマラシティとニカラグアの首都マナグアが人口100万人を超えて最も大きく、ホンジュラスの首都テグシガルパとパナマの首都パナマシティ、エルサルバドルの首都サンサルバドルがこれに次ぐ。カリブ海諸島では、キューバの首都ハバナとドミニカ共和国の首都サントドミンゴが人口200万人を超えており、ハイチの首都ポルトープランスも人口100万人を超える。, 経済規模においてはアメリカ合衆国が他を圧倒しており、北アメリカの他の国をすべて合計してもアメリカの経済規模の半分にも遠く及ばない。アメリカは一人あたりの富においても北アメリカでもっとも豊かであるが、これに関してはカナダもアメリカとほぼ同じ数字を達成している。ただしカナダの産業地帯はアメリカ国境にほど近い地域に集中しており、両国間の経済交流も非常に盛んで、事実上経済地域としてはほぼ統合された状態にある。経済面でこの両国に次ぐ力を持つのはメキシコであるが、一人あたりの富においては両国には遠く及ばない。そのほか、中米地峡やカリブ海諸国のほとんどは経済的には中進国レベル、一部は発展途上国のレベルにあり、北部の2国との差は激しい。しかし、発展途上国のなかでも特に貧しい後発開発途上国に指定されているのはハイチ1国であり[2]、その他の国は非常に貧しかったり経済が崩壊しているというわけではない。, アメリカおよびカナダは各種工業が発達しているほか、農業でも肥沃な農地と効率的な大規模農業によって生産性がきわめて高く、世界有数の食糧輸出国となっている。, アメリカとカナダの経済はほぼ統合された状態にあるが、それに加えて1992年には北アメリカ大陸南部最大の国家であるメキシコと、アメリカ、カナダの3か国が北米自由貿易協定(NAFTA)を結成して以降、メキシコの北部の各所にマキラドーラと呼ばれる保税加工区の建設が急速に進み、特にメキシコとアメリカ間の貿易が急伸した[3]。, 北アメリカにおいて最も早く文明が成立したのは、現在のメキシコ中部においてであった。紀元前1250年ごろには最古の文明であるオルメカ文明が成立し、ついでメキシコ中央高原にはテオティワカンをはじめとする諸文明が、ユカタン半島にはマヤ文明が成立した。これらの文明は鉄器を持たず、青銅器も普及は遅れ利用も装飾にほぼ限定されたものの、トウモロコシをはじめとする多くの植物の栽培化をなしとげ、独自の高度な文明を作り上げていた。, 1492年、クリストファー・コロンブスが現在のバハマの東端に近いサン・サルバドル島に上陸し(アメリカ大陸の発見)、以後数十年でスペインからやってきたコンキスタドールたちによって中央アメリカの高度な文明はすべて滅ぼされ、1521年には最大の先住民国家であったアステカ帝国もエルナン・コルテスによって滅亡した。また、ヨーロッパからの植民者たちは北アメリカで知られていなかった病原菌を持ち込み、このために北アメリカの先住民人口は激減した。16世紀の中ごろには、中央アメリカ地域のほとんどはスペインの植民地となっていた。, 中央アメリカ地域に比べ、北アメリカ大陸北部への植民は遅れた。この地域で最初に永続的な植民地が開かれたのは1607年にイギリスによってジェームズタウンが建設された時である。ついで1620年にはメイフラワー号に乗ってやってきたピルグリム・ファーザーズたちがプリマスに入植し、やがて法部東岸にはイギリスの13植民地が建設されることとなった。一方、その北のセントローレンス川河口にはフランスが進出し、1608年にケベックの街を建設して内陸にはいりこんでいき、ヌーベルフランス植民地を建設した。この植民地はセントローレンス川から五大湖・ミシシッピ川水系を通ってメキシコ湾にまで至る広大な植民地であったが、ケベック周辺を除き非常に人口は希薄であった。, やがて東海岸のイギリスとそれを囲むように広がるフランスの両植民地は衝突するようになり、100年以上断続的に衝突を繰り返したが、結局最後の北米植民地戦争であるフレンチ・インディアン戦争においてフランスは大敗し、1763年のパリ条約でフランスは北アメリカ大陸の植民地のほとんどをイギリスに譲渡することになった。しかし、この戦争の戦費によって財政難に陥ったイギリスは13植民地に様々な税を課すようになり、不満を持った植民地側は1775年に蜂起し、アメリカ独立戦争が勃発した。翌1776年にはアメリカ独立宣言が発表された。この戦争は植民地側の優位のまま進み、1783年にはパリ講和条約が締結されて、イギリスは13植民地の独立を認め、北アメリカ大陸最初の近代独立国家であるアメリカ合衆国が誕生した。ただしその北側に位置するカナダ植民地はイギリスのもとにとどまることを選択し、ここに北アメリカ大陸の旧英国領は南のアメリカ合衆国と北のカナダ植民地とに2分されることとなった。独立したアメリカはイギリス領だったミシシッピ川東岸を自国領としたが、さらに西へと進む動きを見せ、1803年にはフランスからミシシッピ川西岸にあたるルイジアナを買収して領土を2倍にした。アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンは1804年にメリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークに率いられた探検隊をミシシッピ西方へと派遣した。このルイス・クラーク探検隊はミズーリ川沿いに進んでロッキー山脈を抜け[4]、太平洋に到達し、アメリカの西部進出の基盤を作ることとなった。, このアメリカ独立と、フランス革命に端を発する宗主国の混乱は、中央アメリカ各地域においても独立の動きをよびさました。最も早く独立へと動いたのは、カリブ海に浮かぶフランス領サン=ドマングである。サン=ドマングでは1791年にハイチ革命が勃発し、1804年には北アメリカ第2の独立国としてハイチが独立した。次いで1810年にはメキシコでもミゲル・イダルゴによってメキシコ独立革命が開始され、1821年にはメキシコが独立。さらにそこから1823年には中央アメリカ連邦共和国が独立し、スペインの勢力はカリブ海にうかぶ島々に限定されることとなった。, 独立後すぐに、アメリカは西部への膨張を開始した。当初はアメリカ領だったミシシッピ川以東に限られていたが、上記ルイジアナ買収によってさらにアメリカの領土は西へと延伸し、移住者の波もそれに伴って徐々に西へと押し寄せた。重要だったのは1787年に制定された北西部土地条例で、これによって開拓地にできた準州は人口60000人を超えると州として連邦に加盟することが可能になり、西部の国土化に大きな役割を果たした。19世紀中ごろからは産業革命も開始され、さらに各国から続々と押し寄せる移民の波とそれを受け入れることの可能な西部の開拓地の存在によって、アメリカは急速に国力を増大させていった。こうしたアメリカの西進は、進行方向にあたる地域に領土を持っていたメキシコとの対立を呼び起こしたが、当時メキシコは国内の政情不安が続き、さらにアメリカと衝突するメキシコ北部においては人口も希薄で開発も進んでいなかったことから、この両国の対立は常にアメリカ有利で決着がついた。1836年にはメキシコ北端のコアウイラ・イ・テハス州においてアメリカ系移民が反乱を起こして独立し、テキサス共和国を建国。1845年に同国がアメリカに加盟したことで両国は衝突し、1846年には米墨戦争が勃発した。この戦いでアメリカは完勝し、メキシコから北部の広大な領土をもぎ取った。さらに1849年には、獲得したばかりのカリフォルニア州において金が発見され、カリフォルニア・ゴールドラッシュが起きて西部の開拓は飛躍的に進むこととなった。1869年には最初の大陸横断鉄道が開通して、アメリカの東西を結ぶ大動脈となった。, 1860年代には、アメリカとメキシコにおいてそれぞれ大きな内乱が起きた。まず1861年にはアメリカにおいて、奴隷制の是非をめぐって北部と南部が対立し、南部がアメリカ連合国を建国して南北戦争が勃発した。次いで、この動乱を見たフランスがメキシコ出兵を決定し、メキシコシティを攻略して第2次メキシコ帝国を成立させた。この戦いはいずれもそれまでの中央政府(アメリカのエイブラハム・リンカーン政権・メキシコのベニート・フアレス政権)の勝利に終わり、両国の中央政府の支配力が強化されることとなった。また、アメリカの強大化は分離と統合を繰り返していた北側のイギリス領諸植民地の危機感を呼び覚まし、1867年にはこれらのうち4つの植民地が英領北アメリカ法を制定してカナダ自治領として統合した。このカナダ自治領にはこの地域にある他のイギリス植民地も続々と加入し、最終的には大陸北部のイギリス領はすべてカナダに統合された。, アメリカの経済成長はなおも続き、19世紀末には、アメリカの工業力はイギリスやドイツといったヨーロッパ列強諸国と肩を並べ抜き去るまでになっていた。1898年には米西戦争が起きてアメリカが勝利し、キューバが独立、プエルトリコがアメリカ領となってスペインは完全に新大陸での領土を喪失した。またこの時期からはアメリカ資本が中央アメリカ全域に進出するようになり、大農園を建設したユナイテッド・フルーツ社などの支配力が強まり、バナナ共和国という言葉に代表される中米諸国の経済的なアメリカへの従属化が進行した。メキシコにおいてはポルフィリオ・ディアス政権によって経済開発が進んだが、貧富の差の拡大や独裁に反感が高まり、1910年よりメキシコ革命が勃発した。また、1914年にはアメリカの手によってパナマ運河が建設され、太平洋と大西洋の海運距離が大幅に短縮した。, 第一次世界大戦によってヨーロッパ諸国が経済的に疲弊すると、アメリカは世界最大の経済大国として世界経済をリードするようになり、第二次世界大戦によって政治・軍事的にも完全に世界をリードするようになった。一方、カリブ海・中央アメリカ諸国においては政情不安が続く国が多く、クーデターによって軍事政権が成立することも珍しくなかったが、政治・軍事的には完全にアメリカの強い影響下におかれるようになった。こうした中、1959年にキューバ革命が勃発し、フィデル・カストロに率いられた革命政権はソヴィエト連邦へと急速に接近。北アメリカに初の東側国家が誕生することになり、この地域に極度の緊張をもたらした。この緊張は1962年のキューバ危機によって最高潮に達し、以後やや緊張は緩んだものの両国の対立は21世紀に入っても続いた。1960年代から1980年代にかけては、カリブ海や小アンティル諸島に残っていたイギリス植民地が次々と独立し、とくに小アンティル諸島においては小国が乱立するようになった。, Federation of Saint Christopher and Nevis, 「アメリカとカナダの風土 日本的視点」p4 正井泰夫 二宮書店 平成7年4月1日第1刷, 「ラテンアメリカを知る事典」p542 平凡社 1999年12月10日新訂増補版第1刷, 「ルイス=クラーク探検 アメリカ西部開拓の原初的物語」p9 明石紀雄 世界思想社 2004年12月25日第1刷, これまで考えられていたよりも1,000年以上前に人類が北米へ到達していたことを示す研究成果 | スラド サイエンス, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=北アメリカ&oldid=78778381.

北アメリカ(きたアメリカ、英: North America、西: América del Norte、仏: Amérique du Nord)は、アメリカ(米州)の北半の、北アメリカ大陸を中心とした地域である。六大州の1つ。漢字では北米(ほくべい)と表す。, 北アメリカ大陸とその周辺の、西インド諸島、グリーンランドやクイーンエリザベス諸島、バミューダ諸島といった島嶼からなる。南アメリカとの陸上の境界は、地峡が最も狭まったパナマ地峡である。ただし、地峡を越えて北アメリカ大陸と南アメリカ大陸にまたがる領土を持つパナマ共和国は、国ごとの統計では北アメリカに含める。カリブ海諸島は、コロンビアのサンアンドレス島やリーワード・アンティル諸島、トリニダード・トバゴ諸島までの全域を北アメリカに含める(トリニダード・トバゴ諸島は地質学的には南アメリカ大陸と大陸棚が連続している)。, アメリカ合衆国領であるハワイは、オセアニア(より詳しくはポリネシア)であり北アメリカではないが、国ごとの統計ではアメリカ合衆国の一部として北アメリカに加算されることになる。, アジアとの境界はベーリング海峡である。ヨーロッパとの境界は、グリーンランドとアイスランドの間のデンマーク海峡である。, 北アメリカの南部諸国を、北アメリカと南アメリカに挟まれた中央アメリカという地域とみなすことがある。その場合、北アメリカとは、カナダ、アメリカ合衆国、メキシコの3カ国である。また日本における最狭義の用法として、北米は英語圏のアメリカ合衆国とカナダの2国だけを指す(この場合はアングロアメリカと同義)ことがある。, 北アメリカの大部分を占める北アメリカ大陸の地形を特徴づけるのは、大陸西部を南北に貫く大山脈、中央部に広がる大平原、そして東部のなだらかで低い山脈である[1]。, 西部大山脈のアメリカ本土とカナダ部分はロッキー山脈と呼ばれるが、その北と南にもそこから連続した山脈がそびえたつ。南に延びる山脈は、高度を下げつつ中央アメリカを縦断し、パナマ地峡の南にまで続く。ロッキー山脈は人口希薄であるが、中央アメリカの山脈部分は温暖な気候に恵まれ人口の集中する地域であり、アステカなどのメソアメリカ文明もこの高原上に栄えてきた。ロッキー山脈の西には、グレートベースンと呼ばれる乾燥した盆地が広がる。この盆地の北にはコロンビア高原、南にはコロラド高原が広がる。その西には太平洋に沿ってカナダ海岸山脈やカスケード山脈、シエラネバダ山脈といった海岸山脈がそびえる。これらの海岸山脈はその名の通り太平洋のすぐそばにまで迫っている地域が多いが、海岸部に点在する低地にはロサンゼルスなどいくつかの大都市が存在する。ロッキー山脈以東には、グレートプレーンズと呼ばれる大平原が広がっている。この平原は西へ行くほど乾燥している。グレートプレーンズの東に広がるプレーリーは肥沃な草原地帯であり、コムギやトウモロコシといった穀物が盛んに栽培される穀倉地帯となっている。プレーリーの東側には北アメリカ最長の河川であるミシシッピ川が流れるが、この地方も基本的には平坦な地形である。ミシシッピ水系の北東には世界最大級の淡水湖群である五大湖がある。ミシシッピ川水系の東には東部の脊梁山脈であるアパラチア山脈が南北に延びるが、ロッキー山脈と比べて高度が低くややなだらかである。アパラチア山脈の東には大西洋との間に平地がひろがるが、この地方には世界経済の中心であるニューヨークをはじめ都市が点在し、人口稠密な産業地帯となっている。, 北アメリカ大陸の南にはメキシコ湾やカリブ海といった内海が存在し、多数の島々が存在する。最大の島であるキューバをはじめ、イスパニョーラ島やプエルトリコ、ジャマイカといった大アンティル諸島には比較的大きな島々が多いが、その東に広がる小アンティル諸島は無数の小島が点在し、多くの島は島ひとつ、または数島を合わせただけで国家となっており、世界で最も小国家の密集する地域となっている。, 気候的には太平洋岸の北部は西岸海洋性気候、中部は地中海性気候に属する。大陸北端はツンドラ気候、そこから北緯40度付近までの北部の広い範囲は冷帯湿潤気候に属する。西部内陸部の高原地帯は気候的には乾燥した地域が多く、大半がステップ気候、アリゾナやメキシコ北西部などには砂漠気候が広がる。アメリカ合衆国の北緯40度以南・西経100度以東は温暖湿潤気候となる。, 北アメリカは大きく分けて、北部と南部とに大別される。北部はアメリカ合衆国とカナダからなり、イギリス系移民を中心として開拓された国家であるためアングロアメリカと呼ばれる。これに対し、メキシコ以南の大陸南部やキューバは旧スペイン領であり、同じく旧スペイン・ポルトガル領だった南アメリカ大陸の諸国と合わせてラテンアメリカとよばれる。中央アメリカのベリーズや、カリブ海に浮かぶ諸国はイギリスなどほかの国の植民地から独立した国が多く厳密にはラテンアメリカには含まれないが、アングロアメリカの2国とも経済や文化面で差異が大きく、このためカリブ海諸国として一定のまとまりをもったうえで、ラテンアメリカ諸国と一括して扱われることが多い。, 言語的にはインド・ヨーロッパ語族に属する話者が圧倒的に多く、先住のインディアンの話すアメリカ先住民諸語を話すものはわずかである。インド・ヨーロッパ語族のうち、アングロアメリカに属する北部のカナダとアメリカにおいては英語が公用語であり、日常生活においても圧倒的に使用される言語である。ただしこの両国は移民が多く、移民コミュニティの中においてはその移民の母国語が使用されることは珍しくない。また、カナダ東部のケベック州はフランス領のヌーベルフランス植民地の中心地としてフランス系移民が多数を占めていたことから、現代においてもフランス語が主に使用されているアングロアメリカで唯一の地域であり、ケベック最大の都市であるモントリオールはパリやブリュッセルに次ぐフランス語圏有数の都市となっている。中央アメリカ大陸部においては、旧イギリス領だったベリーズを除きすべての国がスペイン語を公用語としている。カリブ海地域は各国の植民地が入り乱れた地域であり、キューバやドミニカ共和国を中心としたスペイン語、ジャマイカやバハマ、小アンティル諸島の半分の国々で話される英語、その他宗主国によってフランス語やオランダ語などが使用される。, 民族的には、アメリカおよびカナダにおいてはイギリス系が本来の主流であったが、ヨーロッパを中心に世界各国からの移民が長期にわたり押し寄せたことから、かなりの混淆が進んでいる。先住のインディアンはアメリカやカナダの各地に居留地を保有するが、人口的にはわずかな割合を占めるに過ぎない。また、アメリカの特に南部においてはヒスパニック系、および黒人の割合が高い。カナダはアメリカと同じくイギリス系を中心とした人々が大多数を占めるが、ケベック州だけはフランス系が大半を占めている。ケベック州は人口も多くよく開発された州であり、また英語を主とするカナダの他州との対立からケベック・ナショナリズムが盛んで独立運動がくすぶっており、過去数度独立を問う住民投票が行われたがいずれも否定された。中央アメリカにおいては、白人とインディオの混血であるメスティーソが多くの国で人口の過半を占める。インディオも、過去に大文明を築き上げていた中央アメリカの大陸部においては特に人口が多く、アングロアメリカよりもかなり多くのインディオが居住している。また、黒人は中央アメリカ大陸部にはあまり居住していないが、過去にサトウキビのプランテーションを運営するため大量に移住させられたカリブ海域においてはかなり多く、ハイチやジャマイカ、小アンティル諸島の多くの国のように、黒人が多数派を占めている国家も存在する。, 北アメリカ大陸の中央部を占めるアメリカ合衆国は世界最大の大国であり、その北のカナダも産業的によく開発された豊かな国である。一方その南の中央アメリカやカリブ海諸国は、産業開発が進んでおらず貧しい国が大半である。, ‌†2011年センサスの数字



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