2006年末での運用資産額が4,444億円を超えた資金調達をしていた伝説のファンドがあった。
その名は「村上ファンド」
東京スタイル、ニッポン包装、日本フエルト、住友倉庫、アライドマテリアル、タカラ、ウッドランド、東京放送、日本証券金融、大阪証券取引所、ヒューマネジメントジャパン、松坂屋、サークルKサンクス、USEN、ダイドーリミテッド、東京ソワール、新日本無線、阪神電気鉄道、JST、特種製紙、瑞光、東京美装興業、日本医療事務センター、ハイレックスコーポレーション、中村屋、エフ・ディ・シィ・プロダクツ、ダイドーリミテッド、TRNコーポレーション、セブンシーズホールディング、GMOインターネット、ドリームテクノロジーズ、ホシデン、日商エレクトロニクス、ダイワボウ情報システム・・・六本木ヒルズを拠点としたこのファンド・・・「村上ファンド」が、株式を5%以上取得していた銘柄である。
凄まじい勢いで勢力をつけて行った「村上ファンド」は、日本国内で余りにも目立ち過ぎてしまったことから、2006年6月5日、証券取引法違反(インサイダー取引)で、代表の村上世彰が逮捕され「村上ファンド事件」として夜に知れ渡ることになった・・・。
だから僕のところに「村上ファンド」からのお誘いが来なかった
「情報格差社会」・・・この言葉の本当の意味。
僕もそれまでは残念ながら「経験として」理解することさえ出来なかった。
たとえば、日本のお茶の間で何かと話題となった「村上ファンド」。
最盛期では4,444億円以上を集め、運用されていたファンドなのだが、当時、僕のところに、「この「村上ファンド」に投資をしませんか?」という投資のお誘いお話は一切来なかった。
ちなみに、あなたの所には「村上ファンド」からお話が来ただろうか?
4,444億円と・・・これだけ大規模なファンドなのに何で僕のところに話が一切来なかったのか・・・当時の僕は疑問に思っていた。
「情報」を使いこなせるようになった後で知ったこと。実はあの「村上ファンド」への最低投資金額は、「10億円」と言われていたのだ。
「10億円」以上の投資資金を、軽く捻出できるレベルの資産を持っている、ごくごく一部の「S級投資家」たちにしか話は来ない。。。そんな超ハイレベルな投資案件だったというわけだ。
なぜ当時僕に「村上ファンド」の話が来なかったのか?参加方法さえ分からなかったのか?
- 単なる縁故やコネクションの問題だったのか?
- 村上世彰氏が有名人だけを相手にしていたのか?
- 「村上ファンド」が大人気だったからなのか?
色々考えてみは見たのだが、どれも僕の問に対する答えにはなっていない。本質を貫いてはいなかった。
本質から来る理由は「日本の法律がそうさせているから」ということだったのだ。
ある意味ショックのようなものを受けたが、さらに深く理由を追求することで、なんとか理解することができた。
日本の法律では、一つの「投資案件」あたりにお金を出して臨む投資家の数が、増えれば増える程、様々な規制が発生し、監視が厳しくなる。そんな仕組になっていたのだ。
例えば、「日本居住」の一般投資家が、「日本国内の上場企業の株を買う」・・・という投資案件に臨む場合、必ず野村證券なんかの証券会社に口座を開設する必要がある。
さらには、その証券会社は、金融庁や証券取引等監視委員会(略称:SESC)の厳重な監視下で運営されなければならない。
一方、「知人の株式会社の株を買う」・・・という類の投資案件に臨む場合、これは口約束でなされることが多い。
当然、増資の登記などが必要になるが、この手の投資案件に対して、金融庁などから監視されるということはまず無いことが分かった。
「情報」を操る側に回るために、法律を勉強して行く過程で、重要なポイントが見えて来た。
格差を生み出す「ファンドの50人ルール」
証券会社を通さない類の、金融庁や証券取引等監視委員会の監視下以外の方法で、ファンドを組む場合、そのファンドの運営者は、たったの49人にしか投資の勧誘として声をかけては行けないことが分かった。
投資に参加できる人の数が49名では無い。声をかけて良い人の数が49名なのだ。
50名以上の投資家たちに「声をかけられる」ようにするには、どうすればいいのか?
それは、沢山のコストをかけて、証券会社を通して、金融庁や証券取引等監視委員会(略称:SESC)の厳重な監視下で運営される、公開できるファンドの形にしなければならないことが分かった。
つまり、お金を出してくれる人たち・・・投資案件に参加する投資家たちが、増えれば増える程、高い運営コストのかかる体制が必要になってくる。。そんな法整備がされていたのだ。
声をかける相手が50名を超えてしまうと投資案件を投資家側に提案し、お金を集めるための効率が悪くなっていく。
従って、「お金を集める側」としては必然的に、「できるだけ少人数の投資家から、できるだけ多くのお金を集めたい」と、考えるようになるというわけだ。ごくごく自然に。
「なるほど・・・。」
この部分を把握できた時に、2006年当時既に投資に関して興味を持って実行をしていたにも関わらず、僕のところに「村上ファンド」のお誘いが来なかった理由が理解できた。
たとえば僕が「孔明ファンド」としてファンドを立ち上げた時・・・仮にたったの49名しか「声をかける」ことができないのだとしたら・・・まず自分の手元にある電話帳をざっと見渡して、明らかに現金を出せないレベルの方々を候補から排除する。
僕の知っている人の中から、現金を持っていそうな上位49名から順番に声をかけて行くはずだ。
たとえば、あなたも「あなたオリジナルファンド」を立ち上げた時に、たったの49名しか「声をかけられない」のだとしたら、あなたの知っている資産家上位49名のトップと思われる方々から順番に声をかけて行くはずだ。
これが、大富豪たちの所には次から次へと「情報」が入り続けるのに、当時現役サラリーマンだった僕の所には「情報」が入ってこない、極めて大きな「情報格差」が存在していた理由だったのだ。
この部分を理解してから僕は、僕のいる階層の上にある階層の、真実が徐々に見えて来たというわけなのだ。